大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)3512号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 豊島昭夫

同 小泉萬里夫

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 猪股喜蔵

同 飯沼允

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、別紙物件目録記載の不動産につき昭和四五年五月二五日遺贈を原因とする所有権移転登記手続を経由したうえ、原告に対し、同目録記載の不動産につき昭和四八年五月五日にした遺留分減殺を原因とする各六分の一の割合による所有権移転登記手続をせよ。

三  原告が別紙物件目録記載の不動産につき各六分の一の所有権を有することを確認する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  主位的請求の趣旨

原告が別紙物件目録記載の不動産につき各六分の一の持分を有することを確認する。

二  予備的請求の趣旨

主文一、二項同旨

(被告)

原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求)

1 被相続人である訴外亡乙山春子(以下春子という)は昭和四五年五月二五日死亡し、同日相続が開始されたところ、同人の相続人は、長女である原告と、配偶者である被告及び春子と被告間の長男訴外乙山夏夫(以下夏夫という)の三名であり、各人の相続分はいずれも三分の一である。

春子の遺産は、登記簿上同人所有名義になっている別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各不動産(以下本件不動産という)及び同目録(二)及び(三)記載の各建物の敷地利用権である。

(一)の土地は春子が訴外神奈川日産自動車株式会社(以下神奈川日産という)から買受けたものである。被告がその代金の一部につき春子を援助したことがあったとしても、右金員は被告が春子に贈与したものである。

(二)、(三)の建物は、春子のため、春子及び被告の資金と労力をもって建築したものである。春子自身も被告に準じた建築労働行為をしたし、資金的にも相当部分出資した。被告の出資及び労力援助は、その供給の都度、その時点において被告が春子に贈与したものであり、建築の目的は、当時満六一才に達していた被告よりも満一三才も年下の春子が、被告の死後生活の一助として右建物より家賃収入を得られるようにすることにあった。

このように、本件不動産の所有権が春子に属していたことは、春子が生前(一)の土地を将来訴外葺手自動車工業株式会社(以下訴外会社という)に売却する旨言明したことに被告が異議を述べなかったことや、被告が本件不動産を公平に分割すると言っていたこと、本件不動産につき被告が春子から包括遺贈を受けようとしたこと自体などからも明らかである。

2 ところで、春子の死より約一週間後、原告が被告に対し、遺産分割に際しては別紙物件目録(一)記載の土地(以下(一)土地という)を相続したい旨申し出たところ、被告は、遺言があるがそれに拘泥することなく後日公平なる分割をする旨言明した。

3 右遺言に拘泥することなく公平なる分割をなす旨の言明は遺贈の放棄(民法九八六条一項)と言わざるを得ない。

4 しかるに、被告は昭和四八年三月ころに至るや前言を翻えし、包括遺贈あるいは被告固有の財産である旨主張し、春子の遺産につき原告の所有持分権を認めようとしない。

5 よって、主位的請求の趣旨記載の判決を求める。

(予備的請求)

1 主位的請求の原因第1項と同じ。

2 相続開始当初は、被告は公平な遺産分割をなす旨言明していたが、昭和四八年三月ころに至るや前言を翻えし、春子が昭和四三年ころその全遺産を被告に遺贈する旨の遺言をなしていたと主張し、昭和四八年三月二六日右遺言書の検認を受けるや、原告らに対しては全く分割する意思がない旨言明するようになり、分割の協議には全く応じない態度を取るに至った。

3 そこで原告は、昭和四八年五月五日被告に到達した書面をもって遺留分減殺の意思表示をなしたうえ、昭和四八年六月二五日東京家庭裁判所に遺留分割の調停を申し立てたが、右調停は同年一〇月三日結局不調に終った。

4 よって予備的請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

(主位的請求)

1 請求の原因第一項につき、前段は認め、後段は、本件不動産の登記名義が春子とされている点は認め、その余は否認する。

本件不動産はすべて被告所有のもので、春子名義にしたのは、被告と同人の先妻との財産争いを憂慮した結果である。

(一)の土地は、被告が昭和四〇年九月二〇日訴外神奈川日産自動車株式会社から買受けたもので、その代金七〇〇万円は被告が従前から所有していた建物及び敷地賃借権を売却して得た金員をもって充てたものである。

同目録(二)、(三)の建物は、建築業をしている被告が、昭和三九年一〇月自己資金で自ら建築したものである。

春子は、被告より先に死亡した場合のことを考え、虚偽表示を実体にあわせるべくその方法として本件不動産を被告に包括遺贈する旨の自筆証書遺言(以下本件遺言書という)を昭和四三年一月一三日に作成した。

2 同第2ないし第4項は争う。

(予備的請求)

1 主位的請求の原因第1項に対する認否と同じ。

2 予備的請求の原因第2項は否認する。

3 同第3項は認める。

三  予備的請求に対する抗弁

被告は、春子死亡の翌々日の昭和四五年五月二七日ころ、足立区の自宅において封印されていた本件遺言書を鋏で開封し、ここに原告と夏夫が立会った。

原告は、本件遺言書には、春子が被告に対しその全財産を与える旨の記載があること及びこれが春子の実筆によるものであることを各々確認した。

よって、原告の遺留分減殺請求権は、遺贈を知ったときから一年後の昭和四六年五月末日の経過により時効により消滅した(民法一〇四二条)。

四  抗弁に対する認否

原告は、春子死亡から約一週間後に、被告から春子が遺言をしている旨聞かされたが、遺言に拘泥することなく後日公平な分割をする旨被告が言明していたことから、原告としては、本件遺言書が真正に作成されたものか否か、また、遺言の内容がいかなるものか等特別究明はしなかった。このことは、春子の死より約三年を経過した昭和四八年三月二六日まで被告が本件遺言書の検認の手続すらなさなかった事実、あるいはそのころまで被告が公平な遺産分割に応ずるごとき態度を示していた事実からも明らかである。

以上の如き被告の言動から、原告は昭和四八年二、三月ころまで遺留分減殺請求権を行使しなければならない被告の包括遺贈の主張など予想だにせず、勿論減殺請求権の必要性の認識など全く無かった。

従って、原告が、民法一〇四二条の「減殺すべき遺贈があったことを知って」より間のない昭和四八年五月五日に遺留分減殺の意思表示をしている以上、減殺請求権の行使を怠ったことにはならない。

五  再抗弁

1  仮に、遺言の存在告知だけで民法一〇四二条所定の時効の進行が開始されるとしても、原告は昭和四八年三月ころまで繰り返し遺産の公平な分割を要求しており、被告も公平なる遺産分割を為すが如き言動を示していた以上、遺産分割の主張は遺留分権利者としての権利主張をも包含していると解すべきであるから、右時点まで時効進行は繰り返し中断していたというべきである。

2  被告は、原告に対し遺言に拘泥することなく後日公平なる分割をする旨言明し、これを信用させ、遺留分減殺請求権行使の必要性を認識せしめず、且つその行使の機会を故意に奪いないしは遅延させた。

このような場合、減殺請求権に対する消滅時効の主張は、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁第1項の主張は否認し、同第2項は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  春子が昭和四五年五月二五日死亡したこと及び同人の遺産に対する法定相続分は原、被告及び夏夫が各三分の一の割合であることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件不動産が春子の遺産に属するか否かにつき判断するに、本件不動産がいずれも春子所有名義で登記がなされていることは当事者間に争いがなく、従って一応その所有者は春子と推定されるところ、《証拠省略》によれば、被告は財産を乙山秋夫にとられること及び被告が春子より先に死んだ場合春子や乙山夏夫が路頭に迷うことをおそれ、(一)の土地については右土地を春子に贈与する意思でその買受代金を春子に与え、(二)、(三)の建物についてはその新築した建物を春子に贈与したものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。よって本件不動産は春子の遺産に属するものと認められる。

三  《証拠省略》によると、春子は昭和四三年一月三日自分の全財産を被告に贈与する旨遺言していたことが認められるが、これに対し、原告は被告が民法九八六条一項の遺贈の放棄をした旨主張している。

しかし、春子の被告に対する遺贈は包括遺贈であるところ、包括受遺者は相続人と同一の権利義務をもつ(民法九九〇条)ことからその放棄には相続人の放棄に関する規定が適用され、民法九八六条の規定は包括遺贈については適用はないものと解されるから、自己のために包括遺贈があったことを知った時から三ヵ月以内に家庭裁判所に放棄の申述をしなければ単純承認したものとみなされることになり、その余の点につき判断するまでもなく遺贈の放棄のあったことも原因とする原告の主位的請求は理由がない。

四  被告に包括遺贈する旨の春子の遺言書が存在することは前認定のとおりであり、原告が昭和四八年五月五日被告に到達した書面をもって遺留分減殺の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

ところで、被告は、原告が本件遺言書の内容を知ったのは春子死亡の翌々日である昭和四五年五月二七日である旨主張し、《証拠省略》にはこれにそう供述部分が記載されているが、一方、《証拠省略》によれば、被告が本件遺言書の検認を受けたのが昭和四八年三月二六日であることが明らかであり、また、《証拠省略》によれば、原告は被告から春子の遺言書が存在することは知らされたものの、遺言書を見せられたことはないとの供述部分が記載されているところから、前記被告供述部分を直ちに全面的には措信できず、その他本件全証拠によるも、昭和四五年五月末ころ原告が自己の遺留分を侵害する遺言が存在することを知っていたと認めるに足る確証はない。よって被告の時効の主張は理由がない。

五  以上によれば、春子の遺産に属していた本件不動産が、昭和四五年五月二五日同人の死亡により被告に包括遺贈されたこと及び右遺贈に対し原告が昭和四六年五月五日持分各六分の一の割合による遺留分減殺の意思表示をしたことを理由とする原告の予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川行男)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例